Quantcast
Viewing all articles
Browse latest Browse all 5691

僦馬の党 -武士の起源を求めてー

僦馬の党 -武士の起源を求めてー

 寛平七年(895)、物部氏永なる人物をリーダーとする坂東群盗が蜂起し、信濃・上野・甲斐・武蔵等の諸国が大きな被害を受けた。彼らは上野国碓 氷・相模国足柄を越境して逃走した。昌泰二年(899)には上野国から、再三にわたって群盗の被害甚大なることが報じられた。政府は上野国に追討勅符を下 すとともに、推問追捕使を派遣した。推問追捕使とは犯罪の調査団であり、発兵権も認められていた。翌三年(900)五月、上野国が賊首の氏永を追捕したと 報じたが、同年、今度は武蔵国で群盗が蜂起し、延喜元年(901)二月五日、信濃国から東国群盗蜂起が飛駅使(早馬)で報じられると、政府はまた追討勅符 を下し、四月には推問追捕使を派遣した。この、寛平七年から本格化延喜元年にいたるまでの七年間に及んだ群盗蜂起を、「寛平・延喜東国の乱」と呼んでお く。延喜元年をピークに東国の乱はいちおう鎮静したようだが、その後も駿河・越後・飛騨・下総等の諸国で群盗蜂起・受領襲撃事件があとを絶たなかった。
  板東諸国の群盗蜂起の実態は、上野国からの報告(国解)によれば、駄馬に荷物を積んで運送して稼ぐ諸国富豪層からなる「僦馬の党」が、群盗を結成して凶賊 となったのだという。僦馬の党とよばれた諸国富豪層は、それまで調・庸運京に便乗して私物を運京し、預かった調・庸を着服して王臣家人になるなど、多大の 利益を獲得してきた。ところが国政改革は彼らから、それまで寄生してきた利潤獲得の機会を奪い去ったのである。富豪層のなかには、本籍を京内に置きながら 諸国に居住しつづける前司(前任国司)子弟や王臣子孫がいた。寛平三年(891)九月、政府は主として板東諸国を念頭において、婚姻や農商を通じて国内に 居住し、「土民」と生業を同じくしながら党を引き連れて村里を横行し、納税を拒否している前司子弟・王臣子孫ら富豪浪人について、来年七月までに帰京する か、国衙に納税することを条件に現地に留住(土着)するかどうかの意思確認をして、国衙に従う意思のない者は国外追放せよ、と全国に通達した(『類聚三代 格』)。僦馬の党の主要なメンバーは、このような連中だった。寛平・延喜東国の乱は板東諸国の富豪層が国政改革にもとづく受領の締め付け強化政策に反発し て起こした闘争だったのである(『武士の成長と院政』日本の歴史07下向井龍彦)。
 「僦馬の党」の実態は物資の輸送を業とする「富豪の輩である が、馬を掠奪する強盗にかわった。彼らは東山道で(上野・下野)で盗んだ馬を東海道(武蔵・相模など)につれさり、東海道で掠奪した馬を東山道にもちこ み、一疋の馬を盗むために殺人をもためらわない。上野国は隣国と協力して彼らを追討し、上・信国境においつめ、碓氷峠の坂本を押さえて信濃への逃亡を防い でいる。相模国にも同様な処置をとるように要請した。しかし太政官の決定でなければ実効がないので、碓氷と足柄の正規の関所を置き、通行証を検査する権限 を与えられるように訴えた(太政官符、昌泰二年九月十九日)。
 「僦」の字義は、「雇う」・「雇われる」である。したがって僦馬の党は、駄馬に よって物資をおくる運輸業者と推定されている。同時にその実態は下層農民を隷属させ、中堅農民を雇庸して大規模な安定した農業経営を行う「富豪層」であっ た。彼らの蜂起が国衙と政府を驚かせたのは、一般的な治安問題にとどまらず、国衙が京上する官物や庄園年貢の掠奪にまで及ぶことがあったからであろう (『日野市史 史料集 古代・中世編』)。
 馬をあつかうには日頃から訓練を必要とする。「僦馬の党」の発生した所は牧のあった地域と関係してい る。武蔵国には秩父牧・由比牧・小川牧・石川牧・立野牧・小野牧が存在している。日奉氏小川系図(甑島小川氏系図)によれば由比牧の別当である由井宗弘の 子為貞は駄所、その子為真は駄大夫、弟知実は駄四郎を名乗っている。また、駄八・駄九郎等と名乗っている弟達もいる。秩父牧の高向(小野)利春や小野牧の 小野氏(小野諸興・永興)も同様に運輸業に従事していたであろう。彼らが「僦馬の党」に関係していたどうかは不明であるが、限りなく灰色である。
  東国の乱(「僦馬の党」)を収束させたのは平高望・藤原利仁・秀郷たち軍事貴族であろう。この乱を通じて、首謀者達や軍事貴族の郎党、牧の人々の多くが武 装し、下層農民までが武器を携えたとおもわれる。直刀・蕨手刀・湾刀へと日本刀が進化し、普及する過程での出来事である。鉄器が一般に普及し、貴族の支配 から武士の支配への転換点がまさに、この「僦馬の党」にあったと思われる。そして、由比・小川・石川牧の日奉氏は西党、小野牧の小野氏は横山党と云う武士 団に成長してゆく。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 5691

Trending Articles